COO代行信國大輔のCOO代行実践録

支援実績100社以上、上場成功実績3社、ベンチャー・中小企業専門のCOO代行が、事業推進や組織体制構築、新規事業企画、プロジェクトマネジメント、新規採用のコツ、社員のモチベーションアップ、マネージャ育成・チームビルディングなどあらゆる経営課題の実践的な企業経営ノウハウを解説。

第二回「Fortune先端企業が社員の段階評価をやめ始めている理由」

      2017/05/19

前回の「個人ビジョンから始める経営」で書かせていただいたように,これまでの経営では「組織」 を主に置き,「個人」をそれにいかに効果的に従属させるかという思想に基づいていました。ところが,徐々に今この常識に変化が起きつつあります。その変化を表す一つの象徴的な出来事としてFortune500社の中の先端企業群(GE,ファイザー,GAPなど)が「社員の段階評価をやめ始めている」ということがあります。

内発的動機付けへのシフト

個人ビジョンを重視する経営においては「1人ひとりが,自分自身の夢や目標に向かって,日々努力する」ということに,とても価値を置きます。「人間は,自分自身の夢や目標に向かうことで,自然と努力し,学習し,成長する存在である」という人間観がそこにはあります。動機付けの研究について詳しく書かれたダニエル・ピンク著『モチベーション3.0』で いえば,「自分の目標に向かって自ら頑張る」という「内発的動機付け」です。

一方で,従来の経営の常識であったような「会社の方針に沿った人間を高く評価し,沿っていない人間は(罰するまではしないにしても)低く評価する」というマネジメントのあり方の根底には,「人間は,飴と鞭によって,コントロールすべき存在である」という人間観が流れています。同じく『モチベーション3.0』でいえば,「評価されるために頑張る」という「外発的動機付け」です。これは同じ「頑張る」という行為でも,「自分の目標に向かって自ら頑張る」とは,似て非なるものです。

『モチベーション3.0』以外にも, 近年の脳科学や心理学の研究の多くは,前者の人間観,すなわち「内発的動機付け」こそが人々のパフォーマンスを高めるということを明らかにしています。そして,従来型の外発的動機付けの人間観では限界があると気づき始めた先端企業群は,社員の潜在能力を最大限引き出していくために,内発的動機付けの人間観にシフトしてきているのです。

上司や金銭を超えたモチベーション

少し身近な例で考えてみましょう。職場では正直いまいちパッとしない人材も,プライベートの料理の腕前はプロ並み,といったことはしばしば見受けられます。その人は,こと料理に関しては,レシピを調査研究し,試行錯誤を繰り返し,自ら実践を重ねることで,とても美味しい料理を提供できるスキルを身につけていたりします。ゆえに,社員同士が集まるホームパーティでは,その人はスターのような存在である,などということがあります。

上司も存在せず,金銭的報酬も確約されていないのにもかかわらず,その人の料理の腕は上がっていくばかりで,お世辞ではなく「これならあなた,お店を出せるレベルだよ!」などと言われたりするのです。なのに,なぜ導いてくれる上司も存在し,金銭的報酬まで約束されている職場での仕事は「いまいちパッとしない」というようなことになってしまうのでしょうか。それはズバリ,その人にとって料理は「内発的動機」によって行われていることだからです。そして,職場での仕事は「外発的動機」によって行われているのです。

動機は“純粋”であれ

「もしあなたがAをすれば,Xという褒美を与えよう」

こういった飴を用意すること(そして同時に「もしあなたがAをできなければ,Yという罰を与えよう」という鞭を用意すること) は,マネジメントの基本のように 考えられてきました。 ピーター・ドラッカーが唱えた「目標による管理」といったものは,そもそもこういうものではありません。「本人が“純粋”に『これを実現したい!』という目標をこそ,マネジメントせよ」ということが本質だったと筆者は理解しています。多くの企業の常識となっている「目標管理」という言葉への誤解は,大変残念でなりません。

“純粋”という言葉を使いましたが,内発的動機はまさに“純粋”そのものです。純粋な好奇心,純粋な意欲,純粋な目標なのです。それは「○○をすれば,これが貰えるだろう」というような下心的なことではなく,「○○したい!」 という純粋なモチベーションなのです。「給料なんかたいして気にしてない。自分は,会社を使って自分の夢を実現していくんだ!」 こんな台詞を言っている社員ほど,パフォーマンスが高いのは偶然ではありません。こういった人材たちは,外発的動機に陥りやすい仕組みの中にあっても,自らの内発的動機を保ち続けているのです。

「評価し,評価によって報酬を与える」という仕組み自体が,多くの社員の純粋なモチベーションを奪い,外発的動機を助長してしまうのです。この恐ろしい悪影響については,前述の『モチベーシ ョン3.0』にも見事に描かれています。だからこそ,そこに気づいた先端企業群は,社員に対する段階評価をやめ始めているのだと考えられます。

内発的動機を引き出す方法

人は,自分の内側からあふれ出る「本当に実現したいこと」のためには,時間を忘れて自然と努力してしまうものなのです。ですから,マネジメント側は, 人の本来持っている内発的な力をいかに邪魔せず引き出すか,ということこそが大事な仕事になってくる,というわけです。となれば当然,経営陣や管理職に求められるのは「1人ひとりの内発的動機を引き出す」スキルであり,それは一般的にはコーチングと呼ばれる領域のスキルになってくるのです(ティーチングなどの重要性はもちろんありますが)。

「1人ひとりが勝手なことをやり始めたら,高い給料を払っているのに,会社に貢献してもらえないではないか!」といった声が聞こえてきそうです。それに対する本質的対処策は,

●そもそも自社の事業と「本人が純粋にやりたいこと」がイコールである人材を採用する。飴と鞭を与えなければ努力しない人材は採用しない

●採用段階で,外発的動機を助長する要素(給与や福利厚生など) で,人材に対して訴求しない。自社事業の価値,素晴らしさを訴求し,そこに共感する人材を採用する

●状況や価値観が変わり「本人が純粋にやりたいこと」と自社事業がマッチしなくなった人材の離職を歓迎する

といったことになってきます。 評価制度報酬制度との統合も重要となりますが,ハーズバーグの動機付け衛生要因理論などを踏まえ,社員のモチベーションを下げないために「報酬は,地域水準,職種水準,年齢水準などを目安に最低限以上を確保」しつつ,報酬(制度)によって社員の意欲,モチ ベーション,能動性,主体性などを高めることを期待はしないことが重要です。

 - 一歩先行く経営人事のあり方・次世代型会社組織運営