COO代行信國大輔のCOO代行実践録

支援実績100社以上、上場成功実績3社、ベンチャー・中小企業専門のCOO代行が、事業推進や組織体制構築、新規事業企画、プロジェクトマネジメント、新規採用のコツ、社員のモチベーションアップ、マネージャ育成・チームビルディングなどあらゆる経営課題の実践的な企業経営ノウハウを解説。

第六回「ベーシックインカム時代の“働く”を考える」

   

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スイスで、その導入が国民投票にかけられ(結果は、否決)、オランダで都市単位で実験導入が開始され、フィンランドで実験的導入が予定されている“ベーシックインカム”。これは、基本的な考え方としては、全国民に一律に定期的定額の支給をするというものです。

これは壮大な社会実験であり、その実験の意図は「人は、安定した収入があっても働くのか?」という問いに集約されます。実際にフィンランドでは、実験的導入の際に「労働意欲を削ぐことになるのか?」を見ようとしているようです。

私は、ベーシックインカム時代がやってくると予測しています。10年後か、30年後か、50年後かは分かりませんが、国家財政的な必要に迫られてという消極的な面と、国民の幸福度がベーシックインカムによって高まるという積極的な面と、両面によって推進されていくのではないかと予測しています。

機会をいただいた6回の締めには「ベーシックインカム時代」という未来を想定し、そこにおける“働く”“企業経営”といったことについて、想像を膨らませてみたいと思います。

食うために働く必要なし

ベーシックインカム時代に生まれ育った世代は「食うために働く」という概念が希薄であろうと思います。最低限の衣食住は一生保障されていて、食うには困らないわけですから「働かざる者食うべからず」という概念が通用しないわけです。

となると、仕事を頑張るのは、「より贅沢に生きる」ためにということになろうかと思いますが、これはこれまでとは全く異なる世界観です。何が、より贅沢なのか?それはまさに主観であり、個々人によって異なるでしょう。大好きなダンスばかりをしている人生が贅沢かもしれませんし、より多くのお金を稼ぎ使うことが贅沢かもしれません。

いずれにせよ、この連載で何度もお伝えしてきたインサイドアウト、内発的動機付けによって生活が営まれていくことになるでしょう。

一人一人の人間にとって、これは極めてストレスが少なく、幸福度が高いものと思います。ストレスの少なさから、健康も増進されるものと思われます(その結果、国家の医療費負担が減るといった財政的メリットも生じてくると想像されます)。

おそらくこの世界では「マネジメント」という概念も希薄になっているでしょう。誰かが、誰かをコントロールしたりする必要性が薄いからです。(チームワークを自発的に高める必要性はいたるところで生じるでしょうが)

国家が保障する終身雇用!?

ベーシックインカムは国や自治体など、行政単位で行われるものですが「奇跡の経済成長」とも言われる戦後日本の成長には、日本的経営の3種の神器の一つと言われた“終身雇用”が大きく影響していたのではないか、と考えることもできるかと思います。

終身雇用そのものが最善の経営手法かどうかは分かりませんが、その思想は「一度入社した仲間の面倒は、最後まで必ず見る」と言った、極めてベーシックインカムの思想に近いモノだったように思います。

実は日本は、国家単位ではなく、企業単位においてベーシックインカムを実現してきていて、それが戦後日本の経済成長を強く推進する力になっていたのではないか、と私は考えています。

ところが、時代が進むにつれて日本的経営の三種の神器(企業別組合、年功序列、終身雇用)は流行らなくなっていきました。終身雇用がベーシックインカム的なものであり、それがプラスの作用ばかりもたらすものだとしたら、終身雇用が廃れることはなかったと思いますので、なぜ終身雇用が廃れてきたのかを考察することは、未来の糧となるはずです。

終身雇用は「雇用の安定=将来への安心感」という意味では、素晴しく機能していたように思います。一方で、終身雇用は「滅私奉公」的な、個人よりも組織の方が大事であるという風土を過度に強めた面もあるように思います。そして、それによって職業選択の自由が実質的に非常に制限された面があったと思います。実際に、60代以上の方にお話を伺うと「昔は、転職をするなんていうことは会社への裏切りで、裏切り者扱いになった」といったことを仰る方が少なくありません。

「将来への安心感と引き換えて、個人の自由は奪われる」 かなり雑ではありますが、そのような特徴が企業単位の終身雇用にはあったものと思います。

では、国家単位でのベーシックインカムはどうでしょうか? 生涯、収入が無条件に保証される前提ですから、将来への安心感は、企業の終身雇用以上に強いモノがあると思います。(国家単位の財政破綻などのリスクはもちろんありますが)

また、職業選択の自由も、実はより一層増すはずです。これが企業単位の終身雇用と決定的に違うところだと思います。賃金(生活費)のために、やりたいことへのチャレンジを我慢する必要性は極めて低く、最低限の生活水準は担保されたまま、転職(やりたくなった仕事へのチャレンジ)をしていく自由度は上がっていくものと思います。

ここが、私が、ベーシックインカム時代がやってくるだろうと予測する理由です。

考え方を先取りして活用しよう

将来への安心感が高まり、個々人の自由度も高まるとしたら、非常に多くの国民にとってウェルカムな制度ではないでしょうか。そして、勤労意欲は衰えるどころか「自分の情熱を感じる領域で仕事をして、多くの人に喜んでもらいたい」といった純粋な内発的動機による“働く”が増えていくものと思うのです。

実際には、壮大な社会変革ですから、具体的に大変なところは色々と出てくるものと思いますが、欧州から実際的にスタートしてきているこの流れは、改善と成功体験を積み重ねながら、世界中に波及していくだろう、と私は予測しているわけです。

もし本格的なベーシックインカム時代が到来すれば、人々の「就職先・転職先」選びの判断基準として給与という要素は現在よりはかなりインパクトが減るかもしれません。会社のビジョンへの共感、やりがい、自分の持ち味を活かせるかどうか、素晴しい人間関係を築けるかどうか、自分にとって最適なワークライフバランスを保てるか、こういったことが職業選択の基準として、現在よりもさらに比重が増えていくように思います。

そうなってくると経営の仕事としては「いかに魅力的なビジョン(仕事の価値)」を提示できるか、ということがより本質的に重要になってくるものと思います。

日本でベーシックインカムが導入されるのはまだ先のことかと思いますが、経営の現場において、これらの“考え方”をうまく活用しない手はありません。労働意欲が高まる要素があるのであれば、国家がそれを用意しなくても、自分達でできるところから始めればいいのです。

「魅力的なビジョンをもとに企業経営をしていく」「将来への安定性(雇用の安定性)を一企業としてできる限り高める」「職業選択の自由(個人の自由)を尊重する」これらの要素は、国家がベーシックインカムを用意しなくても、一企業として社員に提供しうるものであり、それが仲間の勤労意欲を高め、会社の業績にも結び付く好循環を生み出すものでもあるでしょう。私たちは、未来の社会を先取りして、新しい時代を創造していくことができるのです。

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